「先生、今からお宅におジャマしちゃダメですか? 先生に何があったかもお聞きしたいですし」「えっ!? ……ちょっ、ちょっと待って!」 それはヒジョーにマズい! 潤はこのすぐ近くに住んでいるのだ。アイツにあらぬ疑いを抱かせたくない。 「ウチはちょっと……。――あのっ! お時間まだありますよね? だったら、今から私に付き合ってもらえませんか?」 私はふと思い出した。このマンションからすぐのところに、行きつけの喫茶(きっさ)店(てん)があることを。――ちなみに近頃人気の〝カフェ〟ではなく、創業三〇年を越える昔ながらの〝喫茶店〟である。 平日の昼間には、サラリーマンやOLさん達がランチを摂(と)る穴場となるお店だけれど、今の時間なら店内も空いているだろう。「えっ!? あの――」「私もあなたに話したいことがあるんです。そこの喫茶店で甘いものでも食べながら話しません?」「は? 甘いもの?」 話がまったく呑み込めない彼の腕をガシッと掴(つか)み、私は強引に彼を連行した。「ね! 行きましょう!」「は、ハイ!?」 * * * * ――私達が入った喫茶店『デージー』は、六十歳くらいのマスターとアルバイト店員三人くらいで切り盛りしている小(こ)ぢんまりしたお店。私はどちらかというと、大手カフェチェーンよりもこういうお店の方が落ち着いてお茶やスイーツを楽しむことができる。十「いらっしゃいませー! あ、ナミ先生!」 テーブルまでお冷やを持ってきてくれたウェイトレスさんは、実は私のファン。「こんにちは。今日は連れがいるのよ」「どうも」 私が原口さんを紹介すると、ウェイトレスさん(名前は確か〝アヤちゃん〟だったと思う)が目をキラキラさせた。「えっ、ウソっ!? すごいイケメン! わ、ヤバー!」「アヤちゃん、ちゃんと仕事しないとマスターに叱(しか)られるよ」 私が苦笑いしながらたしなめると、彼女は「スミマセン!」と謝ってからウェイトレスの顔に戻った。「――ご注文は?」「チョコレートパフェ。――原口さんは?」「あ……じゃあ、チーズケーキセット。コーヒーで」 アヤちゃんはオーダーを伝票に書き留(と)めると、「かしこまりました」と頭を下げて厨房(ちゅうぼう)へと下がっていった。「――先生も今日は甘いものを食べなきゃやってられない日……だったんですか?
「いや、てっきり辛党(からとう)なのかと思ってたもんで。甘いものもお好きだったんですね」「ええ、両方好きなんです。……そんなに意外でした?」 彼があまりにも意外そうに言うので、私は不思議に思った。「だって、『甘い玉子焼きは好きじゃない』っておっしゃってたんで。甘いもの全般苦手なのかと」「それは玉子焼きの話でしょ? スイーツはまた別モノですから」 これでもうら若き女子なのだ。こういう可愛いところがあったっていいじゃないか!「そういう原口さんはもしかして……、チーズ好き?」 ふと思い当たり、今度はこっちから質問返し。原口さんがキョトン顔に。「どうしてそれを……」「間違ってたらゴメンなさい。さっきオーダーしたのもチーズケーキだったし、こないだの宅飲みの時もチーズたらを美味しそうにつまんでたから」「……分かっちゃいました?」 彼は苦笑いしながら、頬(ほほ)をポリポリ掻(か)く。「いやあ、昔からチーズには目がなくて。スイーツではチーズケーキが断(ダン)トツです」 彼の目がキラキラ輝(かがや)いている。普段のS系イヤミーのカレとのギャップに、私はキュンとなった。……この人、好きなものの話する時にはイイ表情(かお)するんだよなあ。こないだ、私の書く小説を「好きだ」って言ってくれた時もこんな顔してたんだろうな……。 ……おっと! すっかり彼に見とれて、何の話をしてたのか忘れてしまった。「――えっと。かなり話が脱線しちゃいましたけど、何の話してたんでしたっけ?」 私は何とか話の軌道修正を試(こころ)みる。「ああ、先生が冴えない表情をなさってた理由をお訊きしたかったんです」「あー……」 その結果、原口さんに遭遇する前の苦い現実に引き戻され、私は呻(うめ)いた。 でも、彼に心配をかけてしまった以上、打ち明けないわけにもいかない。――私はお冷やで唇(くちびる)と喉を潤(うるお)すと、やっとこ口を開いた。「……実はさっき、潤(じゅん)にばったり再会しちゃって。別れたっきりだから二年ぶりに」「井上さんに? ――でも〝二年ぶり〟っていうのは? 同じ大学だったんじゃ……」 首を傾げる原口さんに、「学部が違ったから、別れたら接点が皆無(かいむ)になったのだ」と説明した。 もちろん、それはウソではないけれど。私の方で極力(きょくりょく)アイツのことを避
「しかもアイツ、今ウチのマンションの近くに住んでるらしくて。『もう一度やり直さないか』って言われました。私、断りたかったのに断れなくて、何だか気持ちがモヤモヤして」「はあ」「どうしてハッキリ『イヤだ』って言えなかったんだろう、って。アイツにまだ未練があるのかどうか、自分でもよく分かんないんですよね」 原口さんは、私がどうして潤に復縁を断れなかったのか、その理由については何も詮索(せんさく)しなかった。私に興味がないのか、それとも詮索したら悪いと思ってあえて訊ねなかったのかどちらだろう? もし前者だとしたらショックだ。「――お待たせしました。チョコレートパフェと、チーズケーキセットです」 ちょっと場の空気が沈んだタイミングで、アヤちゃんが私の前にパフェを、原口さんの前にケーキのお皿と湯気(ゆげ)の立ったコーヒーカップを置き、最後にカトラリーと伝票を置いていった。パフェの甘い匂いのおかげで、私のダダ下がりだったテンションは上向きになった。「先生、とりあえずそれを召し上がって気分を変えませんか?」「そうですね、いただきます」 私は長いスプーンで、トッピングのスライスバナナをホイップクリームごとすくった。 パフェグラスには底からコーンフレーク・コーヒーゼリー・角切りケーキ・バニラアイス・チョコアイス・ホイップ・チョコアイスの順に盛り付けられ、チョコソースがかけられ、ウエハースとスライスバナナ・サクランボがトッピングされている。「ん~! バナナうま~~♡」 実は私、スイーツの中でもバナナが大好物なのだ。「あのー、先生? バナナでテンション上がってるところ申し訳ないですけど、まだ話の途中じゃありませんでしたっけ?」「……あ」 すっかり幸せ気分になっていたところに水を差され、私はまた現実を思い出した。 水を差した張本人の原口さんは、クールにコーヒーをブラックで飲んでいる。チーズケーキにはまだフォークを入れていない。「――さっきの続きですけど。今日、潤に言われたんです。『あの後、〝もしあの時に別の選択肢を選んでたら〟って考えたことはないか?』って」「……? はあ。それがつまり、あの人のおっしゃる復縁ということですか?」 原口さんは曖昧(あいまい)に相槌(あいづち)を打った。そして、潤(アイツ)nの言わんとするところに彼なりの解釈をした。「もち
「私もちょっと身勝手だったのかな、って反省しちゃいました。自分のことで精一杯で、アイツの気持ちなんか考えてる余裕なくて。――せめて、もっとキレイな別れ方ができてたらな……って」「それって……、まだ彼に未練があるってことですか? だから、復縁にハッキリと『No』が言えなかったんじゃ」 原口さんの問いに、私は首を横に振った。「違う……と思います。ただ……彼にちょっと申し訳ないなって思ってるだけです。私もオトナ気(げ)なかったのかな、って」 恋愛と作家の仕事は、両立できないこともない。まして、私は恋愛小説家である。この仕事に恋愛は切っても切れないものだ。 でも、二年前の私は作家デビューしたばかりで、大学の勉強とバイトと執筆のことでもういっぱいいっぱいで、はっきり言って潤のことにまで構(かま)っている余裕なんてなかった。 潤とやり直すのをためらっている理由は、原口さんが――好きな人がいるからだ。「それは仕方ないですよ。作家になった人なら誰でも通る道です。だから先生も、そんなに責任を感じる必要は――」「ヘンな慰(なぐさ)めならいりません。余計に惨(みじ)めになるじゃないですか……!」 彼なりの慰めの言葉を、私は遮った。SならSらしく、もっと厳しいことを言ったり罵倒してくれた方がよかったのに。中途半端な優しさは、却って傷付く。――ましてや好きな人からの慰めは。「……すみません」「いえ。私の方こそゴメンなさい。今のはただの八つ当たりです」 ……ダメダメ! 今日の私は本当にどうかしてる。潤とのことは、原口さん(この人)とは何の関係もないのに八つ当たりしちゃうなんて。「先生、とりあえずパフェ食べて気持ちを落ち着けて下さい。……溶けちゃいますよ?」「はい、……そうですね」 私は素直に頷いた。彼の優しさが、下手(ヘタ)な慰めじゃないと分かったから。「――美味(おい)しいなぁ,コレ」 サクランボの甘さで、ささくれ立っていた気持ちが少し解(ほぐ)れた気がする。「スイーツを頬張(ほおば)ってる時の先生って、可愛いですよね。〝女子〟って感じがして」「……へっ?」 原口さん、今〝可愛い〟って言った!?「なんかすごく幸せそうな顔して食べてるので、可愛いなって」「……だって女子ですもん」 思いがけない殺(ころ)し文句(もんく)にキュンとなった私は、照れ隠
「あの……、原口さん。つかぬことお訊きしますけど」「はい。何でしょうか?」「あなたから見て、五歳年下の女性ってどんな風に見えますか?」 私はスプーンを止め、彼の顔をじっと見つめながらおずおずと訊ねた。――さすがに目を見ては照れ臭すぎる。「それって……先生のことですか?」「ちっ、違いますっ! あくまで広い意味で訊いてるだけですから!」 思いっきり図星をつかれ、私は慌ててごまかした。ここは、身近にサンプルがいないから、今後の創作活動の参考までに……ということにしておきたいところ。もちろん、それはただの建前(たてまえ)だけれど。「う~ん……、それは人にもよるんじゃないですかね」「ですよねえ」 すでにチーズケーキを食べ終えていた原口さんは、コーヒーを飲みながら澄(す)ました顔で答えた。 彼の意見はごもっともだ。人は育った環境や周囲の人によって、その人となりも変わる。年齢だけで一概に「こうだ」とは言えないのかもしれない。「ちなみに私は……、どうですか?」「なんだ、やっぱりご自身のことなんじゃないですか。そうじゃないかとは思ってましたけど」「…………」 思わず言葉を失う私。パフェをつっつくのを再開したばかりで、スプーンをくわえたまま固まってしまった。……さすがはSの原口さん。そう来たか。「そうですね……。先生は責任感が強いし、自立心も強い。それはこれまで、色んな経験を積んできたからだと思います。それこそ、先生が立派な大人の女性だという何よりの証明だと思いますよ」「そ……そうですか」 子供扱いされるかもと思っていた私は、それを聞いてまたキュンとなった。パフェを食べる手も、自然と早くなる。「好きな人がいらっしゃるんでしたっけ? その人は先生のこと、ちゃんと〝女性〟として見てくれてると思いますか?」 ……どうして覚えてるの、それ? あの時はキャラが壊れるほど酔っ払ってたのに。 でも、「それはあなたのことだ」って言うわけにもいかなくて。「はい、……多分。彼は優しい人だし、私のことをちゃんと見てくれてるから」「そうなんですね……」 それとなくニュアンスだけで伝えると、彼は納得してくれたみたいで、それ以上の詮索はしないでくれた。 ――そういえば私、さっきから自分のことばっかり喋ってるじゃん! そう気づいた私は、気持ちを切り換えるためにお冷や
「っていうか、昨夜電話くれた時に話してくれたらよかったのに」「ああ……、そうですね。あの時は重版の報告で頭がいっぱいでしたから」「…………そうですか」「それに、ちょっと厄介なことになってて。お電話だけじゃ伝わらないかな、と思ったもんで」「……は?」 作家の担当から外れるのって、もっと簡単なことだと思っていた。「そんなに大変だったんですか?」「大変というか……。結果的には、僕は蒲生先生の担当から外してもらえたんですけど。その代わりに、交換条件を出されまして」「交換条件?」 私は原口さんの話に眉をひそめる。 何だか物騒(ぶっそう)な言葉が飛び出してきたなあ。無理難題をふっかけられたんじゃないといいけど……。「はい。僕に、『〈ガーネット〉のレーベルそのものから外れろ』と、蒲生先生が」「そんな……! 横暴(おうぼう)じゃないですか、そんなの!」 自分が言われたことでもないのに、私は大憤慨した。 いくらベテランだからって、いち作家に出版社の人事にまで口を出す権限はない。それも、ただのワガママで。「島倉さんは何もおっしゃらなかったんですか? 上司なのに」 島倉さんは部下思いの編集長だ。原口さんがパワハラを受けていたのに、その場にいて何も言わなかったとは考えにくいけど。「一応、僕のことを庇(かば)っては下さったんですけど、結局は力及(およ)ばなかったみたいで……。『最後まで庇えなくて申し訳ない。でも君は何も悪くないから』とおっしゃってました」「そうですか……。じゃあ、もう決定なんですね? 原口さんが〈ガーネット〉から異動になるのって」 とどのつまりは島倉さんもただのサラリーマン、しかも作家ファーストの出版業界の人なのだ。作家が下した決定は、そう簡単には覆(くつがえ)すことができないんだろう。「まあ、そうなりますね。ですが、僕は今度の異動を機(き)に、新レーベルを立ち上げることにしたんです。――もちろん、島倉編集長のGOサインも頂いてます」「新……レーベル?」 原口さんてば、落ち込んでいるどころかすごくポジティブだ。というか〝新レーベル〟って……、なんかすごい話になってきたぞ?「そうです。名前は〈パルフェ文庫〉。〈ガーネット〉とは違い、文庫での刊行のみで、電子版も同時に配信されるという、若手の先生にメインで活動して頂くレーベルになりま
「先生みたいに手のかかる作家さんが、果たして他の編集者の手に負(お)えるかどうかが心配で」「はあっ!?」 私は眉を跳ね上げた。〝心配〟ってそっちの意味かい! ……やっぱりこの人、Sだ。ドSだ!「しっ、失礼な! 私がいつあなたの手を煩(わずら)わせたっていうんですか!?」 私は猛(もう)抗議。頼まれた仕事は一度だって断ったことがないし、手書きだから遅筆(ちひつ)なのは仕方ないとしても、毎回キチンと入稿だってしているじゃないか! ――ところが。「じゃあ逆にお訊きしますけど、先生が僕の手を煩わせなかったことなんてありましたっけ?」「…………あーうー」 胸を張って「ある!」……とは言い切れない。思い当たるフシが多すぎて。 締め切りを延(の)ばしてもらったことは数知れず、催促されれば逆ギレして大ゲンカ。これらの所業(しょぎょう)の数々を、「手を煩わせた」と言わずして何と言うのか。「……ゴメンなさい。ないです」 猛省(もうせい)した私はうなだれた。……けれど。「――というのは冗談で、本当は僕以外の人に先生の原稿を任(まか)せたくなくて」「は?」 ……冗談だったんかい。時々私は、この人の思考回路が分からなくなる。「言ったでしょう? 僕は先生の小説が大好きだって。あんなおいしい役目、他の誰にも取られたくないですから」「……そうでしたね」 嬉しいけど、どうリアクションしていいのか。――「おいしい」って、「役得」って。彼がそれだけの理由でこんな大きな決断をしたとはどうしても思えなくて。「――それでですね、新レーベルは八月初旬(しょじゅん)に創刊予定なんですが。先生にはさっそく創刊第一号の執筆をお願いしたいんです」「創刊……第一号? って、私でいいんですか!?」 私は彼の依(い)頼(らい)の言葉を、すぐには理解できなかった。 新しいレーベルから刊行される第一作目を書く。それは作家にとって、一生に一度あるかないかの大仕事である。そして、その売れ行きによってレーベルの将来が決まるといっても過言(かごん)ではないため、任された側は責任重大だ。 そんな大役を、本当に私が……?「はい、もちろん。先生が一番の適任者だと僕は思ってます」「そうですか……」 何だかんだ言っても、彼は私を信頼してくれている。それなら、彼のためにぜひとも引き受けなきゃ!「
「――ところで、新しいレーベルについてもっと詳(くわ)しく聞かせてもらっていいですか? 創刊するに至(いた)った経緯(けいい)とか、レーベルのコンセプトとか」 彼のこれまでの説明から察するに、もうだいぶ前からこの計画(プラン)は煮詰(につ)まっていたんだと思う。「はい。――えーっとですね、実は僕、もう一年くらい前から新レーベルについては考えてたんです。その頃はまだ漠然(ばくぜん)と、でしかなかったんですが。先生のような若手の作家さん達をどうにか救済(きゅうさい)したい、と」「私みたいな、っていうと?」 彼の言葉の裏には、「不遇な」という形容詞(?)が隠れている気がするけれど。「書店で働いてらっしゃる巻田先生ならご存じでしょうけど、今の〈ガーネット〉ではベテランの作家さん方が台頭(たいとう)してますよね? 書店での著書の扱いにも、それは顕(あらわ)れています」「ええ、確かにそうですね」 それは私も感じていた。いつも平積みにされているのはベテランの先生の作品がほとんどで、私みたいな若手の作品はメディアミックスでもされない限り、棚に数冊並べばいい方だ。「でもそれだと、せっかく頑張ってデビューされた若手の作家さん方の努力が報(むく)われませんし、モチベーションも下がってしまう。『いい作品(モノ)を書きたい』という意欲は、若手もベテランも同じはずですよね」「もちろんそうです」 〝売れたい〟 〝有名になりたい〟という気持ちもないわけじゃないけれど、まずは一作でも多くいい作品を執筆して、自分のファンに届けることが大前提だ。「それを打開するためには、新しいレーベルを作ってそこで若手の先生方に活躍して頂くのが一番いいと思い立ったんです」 彼はそこで一旦話を区切り、コーヒーブレイクを挟(はさ)んでからまた話し始めた。「コンセプトは〈ガーネット〉とほぼ同じですが、やや恋愛ジャンルに特化したレーベルになります。もちろん、他のジャンルの作品も刊行します」 恋愛小説に特化したレーベルか。――なんか、私のために作ったレーベルっぽいけど、まさかね……。「――あの、私以外にはどんな作家さんが活動される予定なんですか? 琴音先生は?」 〝若手〟というなら、まだ三十歳そこそこの彼女だってそこにカテゴライズされてもおかしくないはず。
「――なるほどねえ。今回の仕事にアンタが気合入ってる理由が分かったよ」「へ?」「好きな人のための仕事だもんね。そりゃ気合も入るってもんだわ」「……うん」 もっと冷やかされるかと思ったけど、美加は親友らしい言い方で私を気遣ってくれた。「アンタは昔っからムリして男に合わせようとするとこあったけど、今度は大丈夫そうだね。同じ小説を愛する者同士なら」「うん」 彼女はよく知っている。私の過去の恋は、ほとんど私が背伸びをしすぎたせいでダメになっていたことを。でも、今回は背伸びする必要なんてない。原口さんはもう二年以上、こんな私をすぐ近くで見ていたのだから。 私と美加は、氷が解けて少し薄くなったアイスカフェオレを飲んだ。お互いに喋りまくっていたので喉がカラカラなのだ。「――でもいいなー。小説家の想い人が編集者さんなんて。まんま小説の世界みたいでロマンチックだよねえ」 うっとりと目を細める美加。夢を叶えたとはいえ、雇われの身である彼女はこういう世界に憧れるのかもしれない(それを言うなら私もバイトとして雇われている身だけど、それはこの際置いといて)。……でも。「作家の世界ってそんなにキラキラしたものじゃないよ? 現実はけっこうシビアなんだから」 この二年、現実(リアル)に作家をやってきた私だから分かる。印税だけで優雅(ゆうが)
「でもね、教授には褒められたの。『自分のスタイルを貫(つらぬ)いてるのは偉いですね』って」「ふーん? でもそれって結果オーライなんじゃないの?」「……そうとも言うよね」 そういえばその教授にこうも言われた。『今のデジタル時代に手書きなんて珍しいですね』と。それでも教授が私の卒業を認めてくれたのは、私がすでに文壇(ぶんだん)デビューを果たしていたからだろう。「――じゃあ、次ね。恋愛について、私はどんな感じだったと思う?」 何だか立場が逆転しかけていたので、私は急いで次の質問に移(うつ)った。「どんな、って。――う~ん……、一言で言えば〝一途(いちず)、でも不器用〟って感じ?」 美加の返答を聞いて思い出したのは、高校時代に付き合っていた同級生の男子について。 ――当時、高校二年生だった私には生まれて初めてできた彼氏がいた。とはいっても私の方から好きになったわけではなく、彼の方から告白されて付き合うようになった。どうも私は、潤の時といい告白されて付き合うパターンが多いらしい。 ――それはともかく。あ
「それはさあ、〝新たな試み〟ってヤツなんじゃないの? 〈ガーネット〉と違って作家の素顔も知ってもらおう的(てき)な」「あー、なるほど」 美加がどうして作家業の私以上に出版業界の内情に詳しいのかはさておき、彼女の推理はあながち間違ってないかもと思った。 〈ガーネット〉は秘密主義のレーベルで、作家のプロフィールは顔写真も含めてほとんど公開されていない(知り合いがファンなら顔を知られていても不思議はないけど)。 だから、作家がファンと直接触れ合える機会(サイン会とか)もない。原口さんにはそれも不満だったんじゃないかと思う。「――さて、じゃインタビュー始めるね」 私はバッグからプロット用ノートとペンケースを取り出し、ノートのページを開く。「オッケー☆ で、どんなこと聞きたい?」「えーっとねえ。美加から見て、私ってどんな子だったと思う?」 お父さんとお母さんにも同じ質問をしたけれど、親と友人とでは見え方も違うと思う。「そうだなぁ……。〝まっすぐ〟っていうか〝猪突(ちょとつ)猛進(もうしん)〟っていうか。いつも夢に向かって一直線な感じだったね」 それ、両親とほぼ同じ答えだよ。――私はシャープペンシルを握ったまま固まった。「あー……そう。他には?」 せっかくのインタビューなんだし、もっと別の言葉が聞きたい。「うーんと、読書好きで、いつも何か書いてたよね。わき目もふらずに作家になることばっかり考えてるなあ、ってあたし思ってた」「それって褒めてるの? 貶してるの?」 私は書き留めようとした手を止め、口を尖(とが)らせた。「いや、もちろん褒めてるんだよ? アンタのそういうところ、羨ましいなあって思ってた。あたしも負けてらんないなあって」「……そうだったんだ。そりゃどうも」 一応褒め言葉らしいので、私はそれをノートに書き留めた。 〝いつも夢に向かって一直線〟 〝読書好きで、いつも何か書いていた〟 いざ文字にしてみると、自分のこととはいえ何だか照れ臭い。でも、これが自分を俯瞰するってことなのかもしれない。「――そういや、どうでもいいんだけどさ。奈美って今でも原稿手書きなんでしょ?」「……? うん、そうだよ?」 何を今更。美加は前から知っているはずなのに。「じゃあさ、大学の卒論(そつろん)は?」 卒業論文……。確かにあれが教授に認められ
「電話した時にちゃんと説明すればよかったね。――今日私が美加に訊きたいのは、昔の私自身のこと。この結婚式場とは何の関係もないの」「ほえ……、〝取材〟ってそういうこと。あたしはてっきり、ウェディングプランナーがヒロインの話でも書くのかと」 ……おっ。美加、ナイスパス! まさかこんなところで小説のネタをゲットできるなんて! 私は内心ガッツポーズを作りつつ、話をさりげなく元に戻した。「その案は次の機会に使わせてもらうけど。――実は私、八月にエッセイを出版することになって。今日もお昼まで実家にいて、両親に話聞いたりしてたの」「なるほどねー、〝過去の自分への取材〟ってワケか。それであたしを訪ねてきたんだねー」 美加は私を、事務棟の中にある小さなカフェスペースに連れてきた。「ここね、あたし達スタッフが休憩取ったり仕事の打ち合わせに使ったりしてるの。ここでならゆっくり取材できるでしょ?」「うん。ありがと、美加」 ここには椅子もテーブルも備(そな)わっている。ベンチで横並びよりはゆったりと話を聞けそうだ。「――じゃああたし、自販機で飲み物買ってくるよ。アイスカフェオレでいい?」「うん」 ホットにしなかったのは、彼女も私が猫舌なのを覚えてくれていたからだろう。「――お待たせ。あたしも同じのにした」 美加は紙コップを二つ、テーブルに置く。「ありがと。……あ、お金――」 私は財布の小銭入れを探(さぐ)った。せっかく取材を受けてくれるのに、取材費は払えないからせめてコーヒー代くらいは返さないと。……と思ったけれど。「あー、いいよいいよ。それより、エッセイの話、詳しく聞かせてくんない?」 美加はやんわりとそれを断り、私の向かいに座って自分の分の紙コップを引き寄せた。 私もアイスカフェオレを一口飲み、今回エッセイ執筆を依頼された経緯を話した。「――ふーん? 出版業界もけっこうブラックなんだねえ。原口さんって編集者さん、なんかかわいそう」 美加は何でもズケズケ言う性格(タチ)なので、圧力をかけてきた蒲生先生に怒っているのかと思いきや、意外にも原口さんに同情的な感想を漏らした。「でもさあ、転んでもタダじゃ起きない人みたいだね。異動を逆(さか)手(て)に取って、新しいレーベル始めちゃうなんてスゴいよねー」「うん、それは私も思った」 パワハラに屈するどこ
実家を出たその足で電車を乗り継ぎ、私は新宿にある美加の職場へ。 ――ジューンブライドにはまだ早いけど、結婚式場のチャペルには式を挙(あ)げている幸せそうなカップルと、彼らを祝福する大勢の参列者がいた。 今日がいいお天気でよかった。人生の新たなスタートを切った二人の未来が明るいものになるようにと願いつつ、私は美加が働いている事務棟(とう)に入っていく。「――あ、奈美! 今日は来てくれてありがと! 待ってたよ~!」「美加ー! 久しぶり~~っ!」 エントランスで待ってくれていた美加と私は、ここが彼女の職場だということも忘れて会った瞬間に抱き合った。時間が一気に高校時代に戻った気がする。「奈美、元気そうだね。本読んでるよ、あたし!」「ありがと、美加! 仕事中にゴメンね!」 結婚式場のユニフォームである紺色のスーツを着ている彼女はすごく誇らしげだ。首元のオレンジ色のスカーフが眩しい。「いいってことよ☆ 上司にはちゃんと言ってあるから。『今日、作家の巻田ナミ先生が取材に来るんです』って」「美加ぁ~……」 確かにその通りなんだけど、お願いだからハードル上げるのはやめてほしい。「ウチのチーフがね、巻田ナミの大ファンでさ。奈美が来るって聞いた途端にテンション上がりまくっちゃって」「へえ、こんなところにも私のファンがね」 親友の上司も私の本を読んでくれているなんて。世間(せけん)って狭いというか何というか。「っていうかあたし、奈美が一人で来るなんて思ってなかったよー。てっきりついでに彼氏でも紹介してくれるもんだとばっかり」「いないよ、彼氏なんて」 私はキッパリ否定した。というか、どこの世界に恋人を取材に連れてくる作家がいるんだろうか。……いや、探せばいるかもしれないけど。「だってさあ、アンタのその格好がなんか気合入りまくってるから」「あー、そういうことか」「……は?」 さっき実家で、「予定がある」って私が言った時に両親が「デートか?」ってやたら騒いでいた理由がやっと分かった。 私が今日着ているのは七分袖のフワッとしたカットソーに白のチノパン、そしてスニーカーではなく若草色のフラットパンプス。実家に帰るだけならまだしも、「取材だから」とやたら気合を入れてめかし込んできたら、誤解を生んでしまったらしい。「ううん、こっちの話。――あ、そうそう
「いや、〝迷惑〟なんてとんでもない。その頑固さがあったから今のお前がいるんだろ? もし父さんの言いなりになってたら、お前は今頃悔(く)やんでたんじゃないか」「……うん、そうかもね」 私は元々、刺激のない毎日も、誰かに使われるのも好きじゃない。性(しょう)に合わないのだ。 普通に就職して会社勤めをしていたら、確かに安定はしていたと思う。毎月キチンとした収入が入り、正規雇用で将来も安泰(あんたい)。 でも私は、誰かのご機嫌(きげん)伺いをしながら退屈な毎日を送るなんてまっぴらごめんだった。やりたいことがあるなら、それを仕事にするのが一番いい。生活は大変だけど、認められた時の喜びは大きいしやり甲斐もある。「私、作家になったこと後悔してないよ。楽しいことばっかりじゃないけど、自分が選んだ道だもん」「そうか。それを聞いて安心したよ。父さんも母さんも、これからも応援してるからな」「そうよー。困ったことがあったら、いつでも連絡してらっしゃい」「うん! 二人とも、ありがと!」 やっぱり、家族が味方っていいな。小説家って孤独(こどく)な職業だけど、こうして支えてくれる人達がいるから「私、一人じゃないんだ」って思える。それってすごくありがたいことだと思う。「――そろそろお昼の準備しなきゃ」 母が壁(かべ)の時計を見て言った。時刻は十二時五分前。あれだけのアルバムを見て、両親に話を聞いていたら、もうそんな時間になっていたのだ。「チャーハンとスープでいい?」「うん。――あ、手伝うよ」 母と二人で台所に立つのもお正月以来だ。でも、独(ひと)り立ちしてからずっと自炊をしているから(たまに手抜きで外食やテイクアウトも利用するけど)料理の腕は日に日に上達している……はず。 親子三人で食べる久しぶりのゴハンは、楽しい両親のおかげで賑(にぎ)やかだった。 お昼ゴハンが済むと、私は後片付けを手伝ってから実家を後にした。「今日はありがと。慌ただしくてゴメンね。またゆっくり来るから」 出がけに玄関まで見送ってくれた両親にお礼を言うと、母に逆に謝られた。「こっちこそ、大した手伝いもできなくてゴメンね。美加ちゃんによろしく伝えてね」「うん。伝えとくよ。じゃあまたね!」
――麦茶のグラスを置くと、私はアルバムの山を抱えてソファーに戻った。「重いだろ? 父さんも手伝おうか」「あっ、ありがと。助かるよ」 父にも手伝ってもらって、全部のアルバムをソファーに運び終えた。「ゴメンね、お父さん。狭くなっちゃたけど……」 ソファーの上をほとんどアルバムに占領(せんりょう)されてしまい、端っこに追いやられてしまった父に、私は申し訳ない気持ちになった。「いいって、気にするな。父さんはカーペットの上にでも座ってるから」「うん……、お父さんがそれでいいなら」 この家の主(あるじ)は父なんだけど、本当にいいのかなあ?「――さて、どれから見ようかな」 アルバムは小・中・高校・大学の卒業アルバムからポケットアルバムまであり、卒アル以外はいつ撮(と)られた写真かすぐに分かるように背表紙にラベルシールが貼られている。 ここはやっぱり年齢順でしょうと、私はまず幼い頃の分を開いた。「わあ、懐(なつ)かしいな。私、小さい頃ってこんな感じだったんだー」 お宮参り、お食い初(ぞ)め、初(はつ)節句に七五三。保育園の入園式にお遊戯(ゆうぎ)会。何かの節目(ふしめ)や行事のたびに、私の両親はフィルムのカメラやデジカメで私の写真を撮ってくれていた。「――あ、コレ……」 大学時代の写真は半分以上、潤との2(ツー)ショット写真だ。私が自分のスマホで自撮(じど)りした写真をコンビニプリントしたのだ。 その中には、成人式の時に二人で撮ったものもある。潤と別れる数ヶ月前の写真だ。アイツと二人、こんなにいい表情(かお)をして笑っていられた時期もあったんだなあ……。「――奈美、少しは参考になった?」 大学の卒アルまで見終えると、母がそう訊いてきた。「うん。おかげで私、自分がどんな人間なのか客観的に分かった気がする」 自分自身を第三者的な目で俯(ふ)瞰(かん)する機会なんてめったにないから。この仕事を通じていい機会をもらえたと、原口さんに心から感謝したい。 ――そうだ! ちょうどいい機会だし、両親に改めて訊いたことがないからこの際訊いてみよう!「ねえ。お父さんとお母さんから見て、私ってどんな子だった?」 クッションを抱き締め、私は初めて両親を〝取材〟した。――ノートと筆記具を出そうかとも思ったけれど、両親相手にそこまでするのは大げさかな、と思った
「――お茶が入ったわよー」 母がお盆を持って居間に来た。そして自分と父の前には湯呑(の)みを、私の前には冷たい麦茶が入ったグラスを置く。私が猫舌だということを、ちゃんと覚えていてくれたらしい。「ありがと、お母さん。――あの、アルバムも。大変だったんでしょ?」「娘がいい作品書くためだったら、親ならこれくらいの協力惜しまないわよ。ね、お父さん?」 母に水を向けられ、父も頷いた。「ああ」 私っていい両親を持ったなあ。――そうしみじみと実感しながら、私はグラスの麦茶を飲んだ。「――今日はゆっくりしていけるのか?」「そうよ、奈美。今晩泊まっていったら?」 その両親が、矢(や)継(つ)ぎ早(ばや)に訊ねてくる。「ゴメン、二人とも! 泊まっていくのはムリなの。明日はバイトあるし、今日も午後から予定があって……」「予定って、もしかしてデートか?」「あら! あんた、そんな男性(ひと)いるの?」「いないよ、そんな人っ!」 私は麦茶を噴きそうになった。確かに好きな人はいるけれど、原口さんはまだそんな人(=(イコール)デートする相手)には当てはまらない。――私の中では〝予定〟もしくは〝候(こう)補(ほ)〟ではあるんだけど。「そうじゃなくて、友達に会いに行く約束してるの。――中(なか)野(の)美加(みか)ってコ、覚えてるでしょ?」「ああ、美加ちゃんね? 覚えてるわよ」 美加は私と小・中・高校まで一緒だった幼なじみの親友で、この家にもよく遊びに来ていた。「美加ね、この春から新宿(しんじゅく)の結婚式場で働いてて。今日も出勤してるらしいから、職場まで会いに行くことになってるの」 彼女は高校を卒業後、「ウェディングプランナーになる」という夢を叶えるべくブライダル関係の専門学校に進み、先月晴れて今の職場に就職できたのだと、本人からLINEをもらった。「そうか……、残念だ。久しぶりに帰ってきたと思ったのになあ」「そうねえ。――でも早いものね。美加ちゃんももう社会人なんて」 ……そっか。私の同級生だった子はほとんどみんな、今は社会に出てるんだ。私みたいに非正規だったりもするけど。「うん……。――あー、でもお昼まではこっちにいるから。アルバム見せてもらって、お昼ゴハン食べてからここ出るね」 親子三人揃ってゴハンを食べるのも久しぶりだ。普段は一人淋しく食事
――土曜日。私は母に電話した通り、墨田(すみだ)区内に建つ実家に帰った。 この家は二階建ての建(た)て売(う)り物件で、そんなに立派じゃないけれどちゃんとした父の持ち家だ。作家デビューするまでの二十年ちょっと、私はこの家で育ち、大学にもこの家から通(かよ)っていた。 そして、洛陽社からの大賞受賞の連絡を受けたのも、この家でだった。「――ただいま、お母さん!」 帰るのは実に数ヶ月ぶりとなる実家の玄関で、私は出迎えてくれた母に笑顔で言った。 前に帰ってきたのは今年のお正月だった。バイト先である〈きよづか書店〉もちょうどお正月休みで、その頃連載の仕事(今月出た新作の一コ前)を抱えていた私は実家に書きかけの原稿を持ち込んで、自分の部屋で仕事をさせてもらっていたっけな。「お帰りなさい、奈美。お父さんなら居間(いま)にいるわよ」「うん。ありがとね」 私は居間に向かう。母は「お茶でも淹れてくるわね」と台所に消えた。 母は四十八歳。今でも現役(げんえき)で高校の国語教師をしている。父は母の二歳年上で、大学時代の先輩後輩らしい。社会に出てから再会して、付き合い始めたんだとか。「――お父さん、ただいま。久しぶりだね」 居間のソファーに座ってTV(テレビ)を観(み)ていた父は、私が声をかけるとリモコンでTVの電源を落とし、嬉しそうに顔を綻(ほころ)ばせた。「お帰り、奈美! 元気そうで何よりだ」「うん、元気だよ。――ごめんね。お休みの日に、しかもこんな朝早くに」 今は朝の九時半。父も本当はもっとゆっくり寝ていたかっただろうに。私のために早く起きてくれたのだとしたら、ちょっと申し訳ない。「いやいや、気にするな。父さんがな、お前が久しぶりに帰ってくるって母さんから聞いて、楽しみで早く起きちまっただけだ」「そうなんだ?」 私もソファーに座った。居間のカーペットの上には、私がお母さんに頼んであったアルバムが山のように積(つ)んである。大小も、厚みもさまざまだ。「――ああ、それな。さっき母さんと二人がかりで家の中ひっくり返して見つけてきたんだ。大変だったぞ」「そっか……、ありがと。感謝します」 父とは、進路を巡(めぐ)って対立したこともあった。でも私は、父を恨(うら)んだことは一度もない。今思えばあれは、娘が心配な親心からだったんだと思えるから。